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311大震災から得られた教訓と輝く日本の再生

加藤 修三 氏

東北大学 電気通信研究所 教授

もろかった日本人の安心安全への取り組み

311の大地震はとそれに伴う大津波に多くの方々が命を落とされました。全く痛ましい惨事であります。一方、停電、大津波にともない発生した福島原発事故は人災であり、私ども東北に住むものにとり今後に長く影響を及ぼす惨事となりました。今回の福島原発事故に伴い明らかとなった問題は多々ありますが、私にとり、主な問題は以下の4つです。(1) 各種報道データからも明らかなように、大地震・津波の警告があったにもかかわらず、”無いこと“にし、それに関する議論を避けてきたこと (日経ビジネス2012年3月12日号(pp.98 – 100), ドイツ国営テレビ放送ZDF「福島の嘘」(編集部注:原題「Die Fukushima-Lüge) 、現地時間 2012年3月7日公開))、(2) 原発運転上、最も重要な事項は”全電源の喪失”であるにもかかわらず、予備電源を発電所の地下に貯蔵し、発電所が津波で被水すると商用電源喪失と同時に予備電源も喪失したこと – 非論理的な設計上の問題、(3) 度重なる回復工事の遅延- 冷却水配管接続上の問題、自動で切り替わらない予備電源スイッチ(地震で技術者が避難し、電源切り替わらず)等々。また、(4) 現地へいったことの無い担当の “~と聞いている” という説明の繰り返し。TQC(Total Quality Control)で言う三現主義、“現場に行き、現実を見、現物を調べて対策する、机上の空論ではいけないという基本的な考え方”から大きく離れています。そして、これらに共通した問題はどのような目的で、何を、何故、どのようにすれば良いのかという論理が欠如していることです。

1.何故、日本はこうなったのか

福島原発の問題は海外でも良く知られており、先日米国の電気通信学会(IEEE)の国際標準化会議に出席していたところ、福島原発の話題となりました。”地下に予備電源/バッテリーを貯蔵していたために全電源断を招いた”ところが議論になり、彼(米国人)は”日本はこのような問題が最も起きにくいと考えられていた国だよね。。。”と言われ、私自身、赤面したのを覚えています。ただ、この問題は、どうも福島原発に限らず、今の日本全体の問題のようにも思えます。先日、北朝鮮が”衛星”を打ち上げることになり、政府は日本を防衛するために、迎撃ミサイルシステムを配備しました。しかし、政府の“衛星”発射確認がされたのは発射からずいぶんと遅くなりました。国内への落下前に迎撃するのが目的であれば、発射の時点から追尾するのがベストであり、米国、韓国はそうしておりました。日本は発射を確認できる場所に検出機能を設置せず、米国、韓国から受けた情報に頼っていました。また、今回は前回の誤報配信を避けるため、両国からの情報受信後も確認できず、国民への発表が遅れたわけです。今回は打ち上げ段階で失敗に終わりましたので、良かったですが、“現在のシステムでは日本は守れない”と感じたのは私だけでしょうか?
 ではなぜ、かつてはNo2.として元気だった国がこうなってしまったのでしょうか?要因は沢山あると思いますが、一つはEzra Vogel著の”Japan as number one”が考えられます。駐日大使のEdwin O. Reischauer氏が“アメリカ人必読の書、日本人には読ませるべきでない”と評したこの本は、”日本が1番とは言っていない”が、多くの日本人に”日本が1番となった”と錯覚を与えたことは疑う余地がありません。もし、筆者が日本人を慢心させるためにこの本を書いたとすると、大成功です。
 二つ目の要因は“挑戦しない日本人”ではないでしょうか。日本は米国ほど貧富の格差は無く、“国民の意識は中流かまたは中流以上”といわれています。それはそれで良いのですが、“ハングリー精神の無さ”が日本国に蔓延しています。しかし、国際社会は競争社会です。より良い製品、より安い製品が世界を席巻するわけですから、1次資源の無い日本が国際競争で生き残っていくためには国際競争に勝つ必要があります。今の日本で国際競争に勝っていけるでしょうか。

2.日本の企業は今

日本の企業はいわゆるバブル経済が崩壊して以降、ほとんど抜本的な企業の改善がされていないと言われています。筆者が米国を去った2002年当時はバブル崩壊から数え、ロスト12, 13年という言葉が使われ、今はロスト22, 23年と言われています。国際社会における日本の相対位置はバブル経済崩壊直後の1位から本年は26位まで落ちました(スイスのビジネススクールIMD (International Management Development)のデータ。世界競争力年報2011年版, 2011年5月17日発行)。この間、日本の企業から記憶にのこる素晴らしい商品はでてきませんでした。また、多くの会社の利益率は一桁台であり、二桁台をマストとする米国とは大きく異なり続けています。一方、米国は、グーグル、フェイスブック等の新規会社、産業が生まれ、アップルは素晴らしい製品で再び世界を席巻しております。残念ながら、2011年度の決算で、日本の大手電機・家電関連企業が歴史的な大赤字を出すにいたりました。これは過去20余年にわたる日本企業の戦略的アプローチの欠如の結果ではないでしょうか。

3.日本の大学は今

では、日本の大学は産業界が求める学生を輩出しているのでしょうか?筆者が就職した30年程前の入社式で“君たちが勉強してきたことは忘れてください。当社でもう一度訓練し直します”と言われたし、それから25年ほど経過した時、筆者もそのように新入社員に訓示したのを覚えています。自ら面接し、採用した新入社員の多くが、大学の研究、大学院の専攻と異なる分野に就職し、“鍛え直さない”と仕事ができないことが分かっていたからです。

[スキルが必要]

筆者は、日本で新卒・既卒を含め、1,000人以上採用面接し、米国でもいわゆるアメリカンを中心に1,000人以上自社の採用面接をしました。日米の社員採用の最も大きな差は、米国の新卒は自ら主張出来るスキルがあり、面接時に自分の給与を交渉できますが、日本の場合は学生に主張できるスキルがほとんど無いことです。たとえば、米国の電気系卒業生は”Matlabでシミュレーションができる・FPGA(Field Programmable Gate Array)が設計できる・ロジック回路の設計ができる等”を主張し、給与はいくら欲しいと要求してきますが日本でこれができる学生はほとんどいません。また、米国の会社はOpen positionに対し社員を募集します。このOpen positionには必要となる条件(Qualification)が明確に規定されており、このQualificationに対し、応募者(新卒または既卒)は自分を売り込むためのスキルがあり、それを元に給与の交渉も面接時に自ら行います。一方、日本では多くの場合、配属先が分からずに新卒を一括採用することが多いです。日本の学生は誇れるスキルを身につけずに卒業する学生が大半であり、あったとしても自分の研究結果、研究体験を活かせるかどうかは入社後の配属面接を待つ必要があります。つまり、日本の学生はスキルでは採用されず、スキルを身につけるモチベーションが諸外国に比較し、圧倒的に低いことになります。

[学習成果が問われる就職プロセス要]

筆者もこのような状況が気になり、海外約10ヶ国の状況を調べたところ、その中では、日本は”就職試験が最も易しく大学での学習内容がその試験でほとんど活かされていない唯一の国”であることがわかりました。その大きな原因は、”卒業のほぼ1年前に採用を決めてしまうこと”です。4年生になりたての学生は卒業研究も行っておらず、主張できる技術は何もありません。また、先に述べたように、会社が採用した社員を1人前にするために入社後専門課程の訓練をする。この訓練を効率よく行うために”一括採用が必要”となります。三々五々の採用では訓練が出来ないからです。そしてこの一括採用が既卒2年、3年の就職希望者の採用を拒み、“新卒のみの採用”を企業が進める原因となっています。この”スキルの無い学生を一括採用”するシステムを改善しなければ、勉強する大学生が育たないし、企業も給与を払いながら1人前にするために採用後半年、1年と訓練する無駄をなくすことができません。
 この問題を解決するため、ここでは“大学4年後期からの採用試験”を提案します。こうすることにより、学生は面接で卒業研究の結果を聞かれるので、一生懸命勉強し、スキル、もしくはスキルに近い技術を身に付けることが出来ます。また、面接をする企業も現在の“学生にスキルが無いのを前提”とした面接ではなく、本当に自社のビジネスに役立つかどうかを判断できるし、採用後の“専門課程”の訓練が不要となり、より国際的競争力が増すことになります。さらに、採用後訓練が不要なことから、“新卒一括採用”から抜け出し、何時でも必要な人材をマーケットから採用できることになります。現在の“大学での4年間(学士)または6年間(修士)が無駄になっているシステムは日本だけ”であり、学生にとっても、企業にとっても成長を妨げる残念な状況といわざるを得ません。”学士の採用は4年生後期から”は一つの提案ですが、今後日本が世界で競争し、勝ち残って行くには、日本の大学、産業界は一体となり、“どのようにすべきか”-“あるべき姿”を議論しその方向を実践していくことが重要でしょう。

[論理的思考のすすめ]

今回の大震災・津波で、“日本人の論理的思考の弱さ”を改めて実感しました。福島原発の問題はこの集約であり、“何故このような問題が起きたのか”から、“関連機関の報道陣への説明”まで、論理のあまさ、一貫性の無さ、自ら論理を作るのでは無く、“誰かから聞いた話”を当事者ではないような口ぶりで説明するのを聞いて歯がゆく感じた方が多いのではないでしょうか。先に日本の大学新卒が“就職時に主張できるスキルが無い”問題を提起しましたが、よりファンダメンタルには、“論理的に議論できる能力”を鍛える必要があると思います。ゴールを設定し、現状からゴールを特定の時間で特定のリソース(人、物、金)を使い達成するためのマネージメントをプロジェクトマネージメントと一般に呼びます。そして、“現状”を分析し、“現状”から“ゴール”を達成する“代替案とリスク”分析を論理的に行うことがプロジェクト成功の必須条件となります。これが論理的に行われなければ、成功しません。そして、論理的思考の原点は”漏れなく・重複無く”(MECE: Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)であります。そしてこれは一つの会社内、日本にとどまらず、グローバルに通用する考えであります。このような観点から考え抜く訓練が日本の大学生に必要と思います。

[プロジェクトマネージメントのすすめ]

次世代の日本を背負う若人が世界に通用するためには、勿論英語でのコミュニケーション能力は必須ですが、論理的思考・プロジェクト推進能力も必須のQualificationの一つでしよう。米国等、海外の大学の多くでは大学院の学生はOJT(On the Job Training)でプロジェクトマネージメントの訓練を受けています。学生の就学費用の多くは、学生が公的機関から直接借金するか、教授が提案し得たファンド・プロジェクトを遂行する一員として参加し、プロジェクトの提案から、実施、報告までを教授から雇われ(RA(Research AssistantまたはTA(Teaching Assistant)として)教授と一蓮托生でやり遂げるからです。この後者が学生にプロジェクトマネージメントを実体験する機会を与えています。このプロジェクトが失敗すれば、教授はファンドを得られず、学生も給与を得ることが出来なくなるので、真剣に取り組むことになります。
 筆者はこのような観点から大学で“論理的思考とプロジェクトマネージメント”を3年ほど前から教えています。講義はMichael Sandel教授レベルとまではいきませんが、自らが考えて発表し、議論する、インタラクテブな方法で行い、ここまでのところ、低学年の方が良い反応を示すという感触を得ています。大学卒業生が“スキル”を身に付けると同時に“論理的に思考し・方針を決定”出来る能力の醸成は今後の日本の大学教育に重要と考えています。そのためにも、大学生には一般教養として哲学、社会学、文学等をしっかり勉強し、自らの論理を作って欲しいと思います。特に哲学の中でも弁証法は世の中を良くする、”改善”する考え方の基本であり、弁証法の原点、“今ベストな物も次の一瞬には既にベストではない”という考えは社会が求めている、いわゆるContinuous improvement(編集部注:「継続的改善」)の原点でもあります。

4.現状を正しく認識し再出発すべき

ではどのようにして、今一度世界に輝く日本とすることができるのでしょうか? 第2次大戦後、日本は灰の中から立ち上がり、栄光のNo.2の地位を確立しました。今、日本に求められていることは、過去の栄光を捨て、今一度、灰の中から立ち上がるくらいの勇気とチャレンジ精神と思います。私どもの先輩は大変な努力をし、“米国に追いつき追い越せ”を合い言葉に皆が一生懸命働き、日本の国を再建しました。しかし、米国に追いつきかけたころから、日本の進むべき方向が見えなくなり、世界での存在感も低くなりはじめました。

[現状認識の大切さ]

スイスのビジネススクールIMDは世界の先進59ヶ国を調査し、毎年世界競争力年報2011年版(WCY: World Competitive Yearbook)を発刊しています。これによれば、日本は、2011年、科学基盤で2位ですが、大学教育の産業への役立つ度合いは34位(ほとんど役にたっていないという評価)、語学(英語)は58位(後ろから2番目)等であり、総体順位はバブル経済がはじけた直後は1位であったこともありますが、現在は26位と後退しています。この状況を正しく認識し、今一度トップを目指すことが重要です。今が“良い状態”と錯覚すると、ゴールを達成できる可能性はほとんどありません。また、海外の国々の取り組みを学ぶことも重要であります。たとえば、韓国は、“国際標準化の重要さ”を認識し、国の研究機関から民間企業まで、明確な目標をかかげ、国をあげて取り組み、高い成果を挙げています。また、英語の能力も上記IMDのデータによれば日本より遙かに高く、ビジネスもアメリカ化された取り組みが浸透しています。これが韓国の国際社会での成功理由の一つと考えられます。まず、日本は負けたことを認めるべきであろうと思います。先のプロジェクトマネージメントでいえば、現状を正しく認識することであります。これなくしては、いかにゴールを正しく設定しようと、正しい戦略は生まれてきません。潔く素直に負けを認めましょう。そして、勝つ戦略を考えてはいかがでしょうか。

[よみがえった米国の例]

米国は1980年代に“日本への負け”をみとめ、1988年には当時のRegan大統領の指示により、米国の全省庁(Agency)に“日本に勝つためにとるべき施策”を指示しました。具体的には、各省庁のミッションのトップにそれらを入れるよう指示したわけです。筆者は2007年に米国国立標準技術研究所(NIST)を訪問し討論した際、壁に掲げられているミッションを見て、トップ3がオリジナルなNISTのミッション –標準化と全く関係無いことからその理由を尋ね、1988年に日本に負けを認めた大統領からの指示でミッションのトップに入れたことを聞かされました。そして、20年後(訪問時)も未だそれをミッションとして掲げている米国のしぶとさに感心しました。たとえば、ミッションの一つに”Baldrige National Quality Program(編集部注:「ボルドリッジ国家品質賞制度」)”があります。これは当時、高品質な製品で米国マーケットを席巻しつつあった日本のTQCに勝つために、TQCを推奨し、最も良くTQCを実践している(Best practice)会社を特定し、大統領が表彰するミッションであります。このような、“負けをみとめ、そして適切な対策をとる米国”にその真の強さをみることができます。

5.ICTでなにが出来るか

最後に、筆者の専門であるICT(Information and Communications Technology)の観点から、大地震を少し、考えてみます。”大震災時にICTで何ができたのか”という問いには、“残念ながら”と答えざるを得ません。全く情けない話ですが、あまり、役に立たなかった。今は、ICTの研究を職とする私どもも何とか、将来の防災に貢献すべく、平常時は広域センサネットワークとして使用し、非常災害時には、防災の目的でも使用できるISWAN(Integrated Services Wide Area Sensor Networks)を提案し、国際標準化(IEEE)も進めています。このシステムは携帯電話に搭載のGPSを利用し、非常災害時には携帯電話とは異なる周波数で個人のIDと位置情報をネットワークに伝送するシステムであり、広域であることから、基地局は津波の影響を受けない湾を望む丘の上に設置が可能であります。また、平常時は同一システムが広域センサネットワークとして運用され、装置の最新化も可能となります。これが、筆者の現在の“本職”ということになります。

未来は皆さんの手に

私自身、311大地震を契機に日本について考える機会が一層増えました。ここでは日頃教え・実践していることを中心に私見を述べました。日本についての最も大きな危惧は年々の国際的地盤沈下でありますが、筆者は必ずしも悲観的ではありません。現状を正しく認識し、適切な戦略をつくれば、日本は必ずよみがえると確信しています。日本は一度、灰の中から世界のトップに近いところまでいった訳ですから、灰までは落ちていない現状から“2回目の成功”が不可能なことはないと信じています。311大震災は神が日本人、いや人類に与えた試練ととらえましょう。そして、これを契機に今一度、強い日本を目指そうではありませんか。