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Think before type

和田 章 氏

日本建築学会 会長 / 東京工業大学 名誉教授

構造計画研究所を起業された服部 正博士に会ったことのある人は少なくなったと思う。建築の設計界でいち早くコンピュータの導入を決心され実行に踏み切った第一人者であり、1960年代、当時の通商産業省が国産コンピュータ開発を振興していたとき、圧倒的に性能の優れた米国製のIBM1620を輸入するための並大抵でないご苦労は、服部博士の伝記に書かれている。今でも、そうであるが、書類作りのための膨大な構造計算を手計算で進めるのはやりきれない、もっと人間が頭を使うのは別のことだと主張されていた。

1970年に大阪で開かれた万国博覧会のパビリオンが設計されていた頃には、三代目にあたるIBM360が導入されていた。細かな部材を立体格子的に組合せ、この集合で構成した万博スイス館の設計を進めていて、当時の所員が電卓を使って大きな紙の上に無数の節点の座標を書き込んでいたら、当時には既にお酒を飲まない服部博士は水の入ったコップをここに投げつけて、「構研はコンピュータを使って社会に乗り出そうとしているのだ、こんな計算を電卓でやっているとは何事だ」といって怒った。

 同じ服部博士は、荷重計算から応力計算、そして配筋計算まで自動的に済ませるソフトを使い、その出力をもとに構造設計図を書いていた所員に、「ところでこの柱の軸力と曲げモーメントは幾つなの」と聞き、即座に答えの無かった所員を怒っていた。力のオーダーも知らずに、構造設計ができるわけがないということである。

建築は人の住む処、その構造設計は一つ一つの部材の設計から全体まで心をこめて行うべきことだが、これにはどうしても大量の計算が必要になる。ただ、この作業をコンピュータに任せているうちに、人間の方がおろそかになってくる。人の指にも脳があるといわれる。指がただの出力装置なら、左手で右手と同じように上手な文字が書けるはずである。人は手を動かしながら賢くなるようにできていることを忘れてはいけない。

さらに、このころプログラムの信憑性を審査機関が審査し、建設大臣がこれに認定を出すことが始められた。これに関する事前の研究会で、服部博士は断固に反対を唱えた。「プログラムの信憑性を人に任せ、ユーザーである構造設計者が自ら判断できないようでどうするのだ」という主張であり、今、考えても当たり前のことである。

服部博士には、今でも、どこかから鋭い眼で睨まれているような気持ちがする。突然亡くなられたのは1983年の1月末頃だったと思うが、小生はその前年の元旦に東京工大の助教授になった。着任直後に新宿の事務所にご挨拶に伺ったが、そのときの言葉は今でも忘れない。「マトリックス法の構造理論、ニューマークのβ法などを用いた振動解析理論、この二つが理解できてプログラムが書ければ、普通のエンジニアとして一生生きていけるかも知れない。しかし、君はそんなことではだめだよ、もっと新しいことに取り組まなければ」といわれた。このときの服部博士の歳を10年以上前に通り過ぎたが、まだまだこの域に達することはできない。服部博士の偉大さを皆さんにも知って欲しい。

昨年の3月11日に起きた東日本大震災は、科学的知見をもとに工学を進め、人々の住む、そして活動する建築やまちを作ってきた我々に大きな衝撃を与えた。人ごとではない。過去に津波が来たことを知っていて、同じ場所に、家を建て、小学校を作ってきてしまった。原子力発電所の破壊は、東京電力だけの責任ではない。大量の電気を使って生活をエンジョイしている何千万の人々がいて、CO2の大量排出による地球温暖化が叫ばれ、エネルギー資源のない日本で、3月11日以前に過去の大きな津波の存在を知らされた関係者が、即座に発電所を停止できなかったことを責めることはできない。

我々工学に関係するものは、科学的想像力を高めることが必要であり、これを社会に説明する責任と、社会を説得できる力が必要である。少なくとも、目の前の仕事で、コンピューターの計算結果を見てから、そのことについて考えを始める人がいたら、今から改めるべきである。入力データを打ち込む前に頭を使って良く考えよう。計算には仮定条件があり、プログラムには論理が組込まれている。コンピュータからこれ以上の答えは期待できない。

人間は何を考えるのも自由である。人間の素晴らしさを満喫して欲しい。